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4浪大学生の価値観をつづる。

自分の生きたい人生を生きる

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どうもこんにちは。
ブログを始めました!とかいう記事を出してはや半年以上、この間全く更新をしていなかったわけですが、別に忘れてたわけではありません。
心の中に渦巻く「何か書くべきか」という焦燥にも似た思いと、現実の自分の状態との相反的な葛藤が常に続いていたわけです。

ま、書くのが面倒臭かったということですねw


で、僕は今、1学期間の交換留学でフィンランドの大学に通っています。
こっちに来て4ヶ月くらい経つんですが、いい国ですよ。みんな英語喋れますし。
正直日本より雰囲気は好きなので、ホームシック皆無の快適な生活を送っています(食事以外は)。
といっても、もうすぐ日本に戻るんすけどね。


フィンランドでの生活について詳しいことは、多分書きません。サウナがすごい〜とか、湖きれい〜とか、オーロラ〜〜とか、まあそういうのは誰か他の人が書いてくれてるでしょ。
1つ言えることは、サウナでタオルとか白樺の葉っぱぐるぐる回してる人は皆無です。
週5でサウナに通ってますが、一度として見たことありませんので確かですw



さて、フィンランドに来てこの4ヶ月で僕は何を得たのでしょうか。


一般的に留学と言えば、華々しいイメージがあると思います。世界中から来た友達がいっぱい!とか、毎日クラブでパーティ!(これは偏見か?)とか、英語で毎日授業レポート!とか。そんな感じですかね。


残念ながら僕は、恐らくそれらのどれ1つとして達成していないです。
唯一英語はかろうじて毎日フラットメイトと喋るくらいには使ってますが、もはや授業がないのでレポートもクソもありませんw

世界中の友達がいっぱい!ってほど多くの留学生と関わっているわけでもないですし、僕はクラブの面白さがほぼ分からないので毎日パーティもしていません。

しかも授業がめちゃくちゃ面白くてためになったかというと、それも疑問符がつくんですよね。こういうこと言っていいのか分からないですけど、少なくとも学部生向けの授業を取った限りでは、日本にいた方がもっと色々取れたなあ、と思いました。


だからステレオタイプ的な留学の楽しみ方は全くしていないですし、むしろ最近は一人でいることがめちゃくちゃ多いくらいです。

他人から見たら何してんねんって感じかもですねw


でも、じゃあフィンランドに来たこと後悔してるの?っていうと、実は全くそうではないんですよね。


フィンランドに来る前、僕は留学の目的を自分で決めました。それは世界中からの友達を作ることでもなく、毎日パーティをすることでもなく、

「普段と全く違った環境で自分を見つめ直すこと」
でした。

そしてその目的は、ある意味で達成されつつあるんじゃないかなあと思っています。


とは言っても、そんなん実際どんなことしてるねん、って話ですよね。
具体的には本当に色々あります。


サウナに通い続けて呼吸の深さと精神面の関係性がよりはっきり分かるようになったり、ジムに通い続けて運動がどう精神に影響を及ぼすか気付いたりw(何のこっちゃって感じだと思いますが)


その辺を語りだすと長くなるので割愛しますが、結局言い換えれば、やっていたことは


「どうやったら自分の精神(モチベーションとかやる気とか前向きさとか諸々)を高いところで維持するか?」


という問いに対する答えの模索の繰り返しでした。


これは

「なんか知らんけどやる気が全然起きない……」
「日々同じ生活だけで、全然自分が成長している気がしない……」
「とりあえず人生鬱だしもうムリ死んだな(布団の上で壁に向かって体育座り)」

などなど、人によって程度の差はあれど、多分誰しもが一定悩んでいることではないでしょうか?

ちなみに僕は上の3つの状況どれも経験あります。
というか、今でももちろん色々悩んでいます。


でも留学に来るまでと今とでは、全然違う視点から物事を見ているように感じるんですよね。


ということで、シンプルに僕がこの留学で、健康な精神を保つために気付いたことをお伝えします。



「自分のやりたいことを、全力でやればいい」



これだけです。

でもこれだけだと、多分僕みたいな読者の方から

「は?当たり前では?」
「いややる気が出ないって言ってるじゃん」
「そもそも自分がやりたいこと分からないが?あ?」

みたいなツッコミが入ると思うので、ちょっと言い方を変えてみます。



「やらなければいけないことなんて、一つもない」



一応再度言っておくと、僕は4浪して大学に入っています。いわゆる「普通」とはちょっと違った人生を歩いているな、という自覚は今までもありました。そして自分が歩いている道を、自分で決めているという自負も同時にあったと思っていました。

でも、よく考えたら自分も「しなければいけない」に縛られていたんですよね。

「みんなと同じように○○を楽しまないといけない」
「みんなが××してるから、自分も××しなければいけないんじゃないか」
「普通に考えたら△△するのが当たり前だから、△△しなければダメだ」

などなど。

僕に関して言えば、「他人に合わせないといけない」という意識が(これでも)強かったように思います。
そしてそれは無意識のうちに、当たり前のように僕の中にあったんですよね。


でも、フィンランドに来て、サウナに入って、湖で泳いで、一人になって色々考えてみたんですが。
日本から遠く離れた、個人主義の考え方がすごく強いこの国で、よく考えて気付いたのは、
そんなことしなくても全然問題ないんじゃないか?ということです。


一般とは全く違う考え方を持っていても、自分がそれを大切にしてるなら、それを貫けばいいんじゃないか。


以前から思っていたことではありますが、フィンランドに来てそれを心から思えたとき、僕の人生は一段階前へ進んだように思います。


ただ、これって日本で考えたら、やらなきゃいけないことですよね。
「周りの雰囲気に合わせる」って、誰しもが少なからず意識的にも無意識的にも「やらなきゃいけない」と思うことだと思います。


更にこれ以外でも、日本ではやらなきゃいけないって言われてること、普通はいっぱいありますよね。

大学生だったら、

「大学に行かなきゃいけない」
「バイトしなきゃいけない」
「就活しなきゃいけない」

などなど。適当に挙げましたけど。

でもそれって、本当にやらなければいけないことですか?


大学に行かなきゃいけない。
フィンランドでは学部の基本修了年数は3年間ですが、4年とか5年とかで卒業する人もいっぱいいます。
聞いた中では、修士2年を含めて10年くらい大学にいるよ、っていう人もいました。
そんな人でも当たり前に就職して、当たり前に楽しく働いてたりするわけです。
時間が必要なんじゃなくて、本当に心の底から大学が合っていないなら、大学を辞める手段もあります。
大学を辞めても、全然生きていけますよ。
てか実は、大学行ってる人って日本でも50%ちょいくらいなんですよ。
実は全然当たり前のことじゃなかったりするわけです。
僕の友達も高卒とかふつーにいますが、それでも働いて暮らしてます(僕の場合も高卒後、大学入るまで生きていけました)。


バイトしなきゃいけない。
奨学金っていう手があります(僕は満額借りてます。バイトもしてますがw)。
もしくは、お願いできるならお父さんお母さんのスネに思いっきり齧りつくっていう手段もあります(僕も本当に必要なときにはします)。
あるいは、もやしと納豆だけ食いまくるような赤貧洗うが如しな生活をしてみてもいいわけですし、なんやこのメンツは行きたないな〜っていう鳥三郎飲み会をキャンセルしてみてもいいわけです。
今あなたにとって本当に必要な手段があるなら、躊躇うことなく取ってみていいんじゃないですか。


就活しなきゃいけない。
しなくても生きていけます。
派遣のお仕事とか、1日で1万くらいもらえるんで毎日やれば大卒初任給よりも稼げちゃったりします。
てか僕は普通の就活したくありませんので、多分しません。せずに済むように頑張ります。
もう本当に仕事がしたくなくて、何もしたくないんだったら、生活保護ニートになるという手段もあります。大丈夫です。そこは基本的人権なので、日本は一応保障してくれます。(充分じゃない気もしますが、生きてはいけるので、とりあえずそれはおいといて)
本当に仕事がしたくなくて、本気でニートがしたかったら、誰の声も気にせずにして下さい。
誰が批判しようが、「生活保護ニートになるわー!」って心の底から言える人はめちゃくちゃチョケててオモロイ(いい意味で)ので少なくとも僕は死ぬほど応援しますし、その人のために納税頑張りますw


こんなふうに、「やらなきゃいけない」って言われてることでも、実はやらなくてもいい道って滅茶苦茶いっぱいあるんですよね。
なんならご飯を食べなくても、人間一ヶ月くらい生きれるわけです。お腹すくけど。

でもそれ極めたら、ご飯食べなくても生きれる人になります(ブレサリアンってワードでぐぐってみるといっぱい出てくる)。
一般的に言ったら「は?飯食わない?あり得ないだろ?光合成?」となりますが、裏を返せばご飯食べることですら「やらなきゃいけないこと」ではないんですよね(これは少しばかり鍛錬と靱やかな精神が必要になるかもしれませんがw)


ということで、

「やらなければいけないことなんて、一つもない」

の意味、なんとなく分かってもらえたでしょうか。


とはいえ、これを読んでくれてる大半の人(?)は、上のようなルートの人生は歩まないと思います。
実際僕も今は日本食をむちゃくちゃ欲している状態ですから、飯を食わないブレサリアンルートは今回の人生においては今のところ考えていないわけでw

あとは「僕は『他人に合わせる必要ない』から人と関わりません気にしません、はいバイビーw」ってするかって言うと、別にそういうわけでもないんですよ。
僕だってもちろん、今いる友達は僕なりに大切にしたいです。多分ほとんどの皆さんだってそうだと思います。


でも、その大前提として、
「やらなければいけないことなんて、一つもない」
っていう気持ちを持っておくのって、すごく重要なことだと思うんですよね。


自分が今までやらなきゃいけないと思ってたことって、もし本当に必要なかったら実は捨ててもいいことなんだ
って思えるのが一つ。


そしてそれをちゃんと理解できたら、
自分が今やってることは「(嫌々でも)(しんどくても)自分がやると決めた」か「自分がやりたいと思った」ことなんだ
って思えるのがもう一つ。


そうでしょ?


別に誰かに与えられたからとか、やらなきゃいけないからっていう理由でやっているんじゃなくて、自分がその選択をしたから今の人生を生きてる。


そう思った瞬間に、自分の人生が少し明るくなった気がしませんか?

少なくとも僕は、それに気付いたときから、前の自分よりちょっと楽に、前向きに生きれているような気がしています(おしとやかな表現w)


これは多分、僕が日本にいたら、すぐには気付けなかったことでしょう。
なのでそれに気付くきっかけを与えてくれた交換留学には僕なりに感謝しています。
ありがとうフィランド。あとRentukkaにあるサウナ。あとジム。あとジブリ作品。


ということで、まあここで今回のブログのタイトルに繋がりますよね。



自分の生きたい人生を生きる。



当たり前のようで、日本ではまだまだ当たり前じゃない気がします。
そして、それにすら気付けないっていうのが、一番怖いことじゃないでしょうか。

なんで、

今めっちゃ頑張ってる人も、
別に全然頑張れてない人も、
鬱で死ぬほど辛い思いしてるような人でも、
躁で死ぬほどハッピーな人でも、
(割と全然頑張れてない人の部類に入る)僕でも、


やらなきゃいけないことなんてないんですよ。


みんな、誰にでも自分の生きたい人生を生きる権利があるわけです。


その上で、自分のやりたいことに全力を出せてたり、友達のことを思いやる気持ちがあったり、社会に貢献したいっていう気持ちがあったりしたなら、それは本当に本当に素晴らしいことじゃないですか。

逆にもし社会とか、学校とか、家庭環境とか、人間関係とか、そういうのがこれを読んでるあなたが前に進むことを阻むなら、それってすごく残念なことだと思うんですよね。

なんで、本気で嫌なことからはサッと逃げて下さい。逃げるが勝ちです。

もし本気で引き篭もりたかったら引き篭もって下さい。
3ヶ月くらい引き篭もってると、割と外出たくなったりします。
それまで気長に待てばいいんです。

海外にフラっと旅に出たかったら、ぱぱっとスカイスキャナー辺りで適当なLCC予約して荷物持ってピューッと飛んじゃいましょう。

国内だったら適当に山陽本線乗れば、まあどっかには行き着くと思います。宿泊は東横インとか、まあ何ならネカフェでも寝られます(オススメはしません)。次の日のパンツと歯ブラシはコンビニで買えます。ついでにコーヒー1杯も100円で買えちゃうわけです。


多分、人生そんなもんです。
僕もそんな感じで生きています。



自分の生きたい人生を生きる。



だから、自分が生きてる実感が湧くんですよね。

まあこれをここまで読んでくれた人も、一緒にぼちぼちやりましょw

みんなの”当たり前”と違う道を進む人へ

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いやあ皆さん、春ですね。
新学期が始まりますね。
 
ここでブラックなQ&Aコーナー!!!!(唐突)
 
 
Q. 志望校に受からず、浪人が決定しました。不安です。どうしたらいいでしょうか。
 
A. ここに普通に4浪した人間いるんで大丈夫ですよ。
 
 
Q. 大学の講義をサボり続けてしまい、留年になりました。みんなから1年間遅れている気分です。人生に絶望しています。
 
A. ぼくは4浪なんで、4年間遅れてるってことになりますし、問題ないと思います!
 
 
Q. なんかもう全てどうしようもなくて不登校になりました。どうしまs
 
A. ぼくも同じような経験してる(これは今度書く)上に4浪してるので大丈夫です!!
 
 
Q. うつだしn
A. ぼくも同じ経験してる(これも今度書く)し4浪だから大丈夫!!!!
 
とまあ、「レベル(浪人数)を上げて物理(n=4)で殴ればいい」感が否めませんが、今日の言いたいことはほぼこれで終わりです(雑)
 
 

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わかる人にはわかる、レベルを上げて物理で殴る図(一部修正済)

 
これ書いてて思ったんですけど、4浪って言葉、意外にパワーワードなんじゃないですかね。
大学生相手には言うに困ったら「ちな俺4浪だけどお前何浪?w」で完全なマウント取れるような気がする。ないか。すいません。
(5浪以上の人いたらひれ伏すので教えて下さい。)
 
 
ちなみに初っ端から4浪ネタをボンバーマンみたいにぶち込んでる僕ですが、実際の大学生活を話すと至ってふつーです。
 
同級生はタメ口で話しかけてくるし、僕もタメ口で話すし、年齢関係なく上級生には基本的に敬語です(これは僕の個人的なルールでもあります)。
自分の年齢が理由で周りから浮くような経験もほとんどありません(ネタにはされますがw)
 
そういう意味では、恵まれた環境にいるなあと思います。みんなありがとう。
 
 
そんな僕が今回書きたいのは、いわゆる「当たり前」とは違う道に進む人へのメッセージです。
浪人、留年、休学、退職、不登校などなど。
 
それぞれ立場は違えど、どの選択も本人にとっては難しい・しんどいことであることが少なくないと思います。
 
例えるなら、みんなが寄り道せずにまっすぐ人生を進めてるように見える中で、自分だけが遠回りして道草を食ってるような感じ。
しかもその道草が美味しいならいいんですが、大抵ゲロまずく感じるんですよねw
 
特に日本では高校卒業→大学卒業→新卒採用という極太のレールが地面に敷かれているので、そこから外れることに対しての恐怖感や抵抗感は他人が想像する以上だと思います。
 
 
それに関連して一つエピソードを話すと、先日大学のキャリアガイダンスとやらが実施されて、どうやら出席が必須らしいので行ってきたんですね。
実際に何をするイベントなのか当日まで知らなかった(時間すら間違えてた)んですが、会場に着いてみると資料を渡されるんです。
 
パッとそれを見てみると、某就活大手M社とR社のものでした。
そこにはデカデカとかかれる「就活はもう始まっている!」的な文字が。。(ちなみに、僕は新2年生です)
 
そしてガイダンスが始まると、M社の担当の女性が登壇して突然語り始める「就活に備えて○○をしなければいけない!!」系講話。
 
「2年生の夏が就活に向けては大切!」
 
「経験を増やすこと、これが今の時期は大事です!!」
 
「就活までに自己分析が出来るようになりましょう!!!」
 
と、終始このような内容を語り尽くして下さいました。
僕はキャリアガイダンスという名前から、「あ~、教授とか第一線で活躍してる人が今までどういう人生の決断をしてきたのか話す会なんかな~」とか勝手に思ってたんで、唐突に始まった就活への対策講座に中々驚きを隠せませんでしたがw
 
それでもそのまま謎の就活講座(キャリアガイダンス)は着々と進み、僕の履修登録も進み、いざ終了というところでM社R社両方の人(キャリアウーマン系女性)が突然こう切り出します。
 
「では今日帰るとき、渡した資料にある就活対策サイトの登録用紙を必ず私たちに提出して下さい!」
 
そのときの僕の反応はこんな感じでした↓
 

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(思わず出る真顔)
 
「キャリアのガイダンスと思って出席したら、就活サイトの登録ガイダンスだったぜ……」
「いや、どうする?提出だってこれどうする?」
「え、キャリアのガイダンスどこいった?(混乱)」
 
と想定外の事態に僕の脳は追いつかず、両社からの「必ず出して帰って下さいね!!!出口で回収します!!(念押し)」の声は遠くこだまし、僕は無我夢中でペンを取り名前住所電話番号学年学部を書き提出に……
 
 
とはなりませんでしたがw
まあ何も書かずにそのまま出ていきましたよね。
 
出口で「回収してます!!!!!!!」と担当の女の人から声をかけられましたが、特に気にしませんでした。
ちなみに出ていくタイミングが同時くらいに他にも出してない学生がいて「出さなくていいんですか?責任取れませんよ??」とか言われてたというw
 
いや、自分の人生に対する責任をリ○ナビとマ○ナビに取ってもらっても困るんですけどねw
ていうか、大手就活サイト経由で4浪した奴を新卒で取る企業あるんかいな。
 
 
この件は一見すごく小さいことですが、ここに日本の縮図があるなーと思いました。
先に言っておくと、僕は大手就活サイト自体を否定したいわけではありませんし、それを使ってる人はうんたら~(人と違うぜアピール)ということを言いたいわけでもありません。
ていうか、実際に数年後自分が使ってる可能性も普通にあります。
もっと言えば、僕も今マ○ナビバイトで普通にゴールデンウィークのバイトを選んだりしてるわけですw
 
たぶん来てくれたR社M社の人からしても、ただ純粋な気持ちで「登録してもらうのが当たり前だし、してもらわなかったら学生に不利益になる」と考えていたんだと思います。
実際ほぼ全員の学生が登録用紙を渡してたわけですし。
 
でも僕が恐怖を感じたのは、あまりにもその「当たり前」が「当たり前」でありすぎるっていうところです。
 
大学がキャリアガイダンスと称して、大手就活サイト運営企業の社員を呼ぶ。
その社員の人が「必ず自社の就活サイトの登録用紙を出して行って下さいね」「出さなかったら責任取れませんよ」と何の疑問もなく言ってくる
これって、全員がマ○ナビとかリ○ナビを使って、みんな揃って就活をすることを前提に話をしているんですよね。
 
大学入って、インターンして、就活して、お揃いの黒いスーツを着て、みんな一斉に就職する。それが当たり前だし、そういう世の中であるということを改めて思い知った出来事でした。
(そして、そこに大学が加担してるのにめっちゃ違和感を感じたので登録用紙を出さなかったわけですが)
 
 
まあなんかけっこう話がずれたように見えますが、僕はこういうのが最初の方に書いた高校卒業→大学卒業→新卒採用という極太のレールだと思います。
今回は大学生の就活の話でも、こんな感じの「当たり前」はそこら中に転がってるわけです。
 
「高校生は現役で大学合格するのが当たり前!特に女子が何浪もするなんておかしい!」
 
「1浪以上の人は大学行く価値ないよ」
 
「大学で留年とか休学なんて、就活のときに評価下がるだろ」
 
不登校になったらもう社会に戻れないよ」
 
とまあ、枚挙にいとまがありませんよね。
 
そして、多くの人が「当たり前」のレールに乗って生きた方が幸せだということも分かっています。
それを否定するつもりは全くありません。むしろ僕にとっては羨ましいし、心の底から応援しています。
 
それでも、そんな中には、みんなの「当たり前」から外れないと人生を前に進めないがいると思うんですよね。
 
僕も含めて。
 
 
ちなみに僕の話をすれば、「当たり前」から大きく外れたことは何度かあります。
というか、何なら今も外れ続けているような気がしてならないんですがw
 
「当たり前」から外れたものとして、最初にちょっと触れたように不登校もうつも僕は過去に経験してます(さらっと言うスタイル)。
 
まあでも、他人から見て最も特徴的なのは「4浪して大学に入った」という部分じゃないでしょうか。
 
「実は勉強始めたの20才からなんですよね」って話をすると、よく「高校卒業してから勉強して大学入るなんて大変だったでしょう」という言葉を頂くのですが。
それよりも自分が「社会の”当たり前”からどんどん外れて行っている感覚」がしんどかった。
 
高校卒業して、店頭販売の仕事をしていると言いながら、フリーター同然で実際何をしていたのかよく分からない2年間(実話)。
 
他人から3年(高校入学換算なら5年)遅れで「勉強をすること自体」と向き合ったその後の2年間。
 
どちらも、同級生がみんな大学に入って(わりと進学校だったのでw)、楽しく前向きに(?)人生を送っている中での話です。
 
特に受験勉強中は、会話する相手が家族と個人塾の先生だけという孤独な環境な上、後がないことも分かっていました。
1ヶ月に一度は必ず「センター当日に勉強内容が全て飛んでゼロ点を取る」という悪夢を見ていたので、まあまあの辛さだったと思います。
 
しかも、純粋に受験勉強をしているわけならいざ知らず、「勉強を出来ない自分をどう変えるか」ということを続けてたわけですから、何も出来なかった時期もあって余計に辛い。
(この辺りは前回の記事で少し触れてます)
全然知らん他人もそうですし、言うたら家族から見ても、2浪以上している受験生なのに何も勉強をしていない、いわばただの穀潰しなわけですw
 
「あぁ、こうしてる間にもみんな普通に大学生やってるんだろうな~(深夜3時にネトゲーしながら)」
 
「俺の人生この20才前後の若い時期をガチで無駄にしてね?(これは特に感じてたw)」
 
「この世で何も為さずに俺は終わるんだなぁ(決めつけ)(ダウナー)」
 
こんな感じでネガティブなことも多く考えていました。えぐいですねw
 
 
でも、今振り返ってみると、全て僕にとって必要なものだったと心の底から思います
 
現役で大学に進学したところで、どうせまともに行かずに退学するのがオチだったでしょう。
 
そして、4浪して大学に行くという決断をしなければ、自分の人生を大きく変える先生との出会いもなかった。
今現在の自分を形作るものは、そもそも得られなかったと思います。
 
プラプラしていた2年、そして受験勉強に立ち向かっていた2年間は本当にしんどかったですが、それ以上に僕の大きな財産となりました。
 
 
そして今、僕は広島大学にいます。
大切な仲間も出来ましたし、なんだかんだ色々なことをやってます。
ずっと「書くぞ!!」と思いつつ最後まで書き抜く集中力が続かなかったブログも、こんな感じで書けていますw
 
それも全て、僕が高校卒業後に経た4年間の「無駄」がなければ絶対に出来なかったことでした。
 
 
浪人、留年、休学、退職、不登校などなど。
みんなの”当たり前”と違う道を進むあなたへ。
 
もしかしたら、あなたの進む道は他人から「無駄」のように見えるかもしれません。
世間一般から見たら、「引きこもり」「脱落者」「何やってるのか分からない」「何もしていない」などなど……と言われるかもしれません。
 
それでも、あなたにとってそれが本当に必要なら、恐れずにその道に進んで下さい
 
と言いつつ、実際に恐れないのは不可能だと思います(俺も無理だし)。
しかも、精神的な理由で選択の余地がないことも多くあるでしょう。
不登校をするぞー!!って前向きに言いながらする人はいないんじゃないでしょうか)
 
それでも、これだけは覚えておいて下さい。
 
あなたが社会の”当たり前”から外れて得た経験は、その後の人生を必ず豊かなものにしてくれます。
 
 
そして、ここにも「当たり前」から外れたヤツがいますw
もし「当たり前」と違うことがしんどく感じたら、このブログを読んでみて下さい。
 
「なんや4浪もして大学入ったやつおるんか、1浪くらいなら余裕ちゃう?」
 
「ちょっと学校行かんくらい4浪に比べたら全然ましじゃね」
 
「4浪して大学入ってから、人生前に進めてる人おるんだ~」
 
とか思ってくれれば、僕としてはめちゃくちゃ嬉しいです。
 
多分それが、僕がブログをやる一つの大きな意味なんだと思ってます。

今、この瞬間に集中する。

 

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今年の大学の入学式も終わり、時の流れの速さを感じている元受験生ですw
僕はこの春に大学2年生になるんですが、もう後輩が入ってくる時期なんだな〜と思うと、大学生の期間って長いようでめっちゃ短いですね。
 
ただスーツ姿の新入生を見ながら、一年前に自分が大学受験に臨んでいた時期を思い出すと、懐かしさというより当時の焦燥感を思い出します。
 
少し個人的な話をすると、僕は高校卒業後2年ちょっと経ってから大学受験の勉強を始めました。
その後2回のセンター試験を経て大学に入学しているので、実質4浪ということになります。
 
周囲の同年代が大学卒業で就職〜という話をしている間に僕は入学したわけです。
なんか時間の感覚狂いますねw
 
ちなみに高校では全くと言っていいほど勉強していなかった、というか学校にもあまり行っていなかったので、受験勉強を始めた当時は数IAの因数分解すら「は??意味ワカンネ」となっていたレベルでした(大学生や受験生ならヤバさが分かるかな)。本当に高校の勉強を一から始めたと言っても過言ではなかったと思います。
 
そこから足掛け2年くらいで今いる広島大学に合格するわけですが、その過程は苦難の連続でした。
 
ただめちゃくちゃ正直に言うと、ある程度の点数までは受験勉強の内容が難しいとはあまり思いませんでした(数学を除き)。
 
実際に勉強を初めてから半年ちょっとの最初のセンターで700点近くの点数を出しましたし、実は2回目よりも1回目のセンターの方が点数が高かったような記憶があります。と言っても、どちらも自分が辿り着きたかったところには程遠い点数だったんですがw
 
でも、勉強内容以上に僕を苦しめたのは、そもそも勉強に対してどう向き合うか、ということでした。
 
2年の中で3ヶ月間ずっと何も勉強をしなかった期間もありますし、「あー死んだわ。もうムリムリ」となって模試の結果をビリビリに破り捨てたこともあります。
 
自分のコントロールが出来なすぎて、他人には言えないレベルのアホみたいな失敗もしたりしました。
 
とにかく僕は、『勉強をする』ということに対してのハードルがものすごく高い人間でした。
 
なんで勉強をすることがそんなに苦痛だったかと言うと、単純に受験勉強に意味がないと思っていたんですよね。
 
大学自体は行きたいと思って受験を決意したものの、こんなのただの選考のプロセスで、何ら意味のないことを教科書の隅々まで覚えさせられて〜……と、当時はセンター試験をめちゃくちゃディスってましたw
 
実際数学の細かい公式を見て「こんなの覚えたくないわ〜」と思い続けていたり、倫理政経の問題なんかは勉強しなくてもそこそこ点数を取れることがままあったので、「いけるいけるw」とか謎の余裕をかましながら何も勉強せずセンターに臨んだことを思い出します(倫理で事故りました)。
 
とにかくいかに無駄な勉強をせずに受験を突破するか、ということが一番最初の僕の目標でした。
それじゃ全くあかんと気付くのは相当後の話です。
 
ただ、たぶんですが現役生を含め、多くの受験生も同じような考え方をしているような気がします。受験と言えば「なるべく楽して合格したい」「必要のないことはしたくない」と思うのが皆の常ではないでしょうか。だから、世の中に「○○するだけで難関大合格!」なんて情報商材がはびこる訳ですが。
 
でも結局僕は、大学受験の期間を通してその考え方を改めることになります。
いや、今も改め続けているといっても過言ではありません。
 
「無駄なことはしたくない」
「めんどくさいことはしたくない」
 
誰しもが思うことだと思いますし、今でも僕もよく考えてしまうことです。
でも結局、それだと僕の人生は全く前に進みませんでした。
 
そんな僕が変わるきっかけとなったのは受験勉強を始めた頃の、とある人との出会いでした。(細かい話はいつかしますw)
出会ってから合格までの2年ほど、僕はその人から様々なことを学ぶことになるわけですが、中でもこの言葉が印象に残っています。
 
「今この瞬間に集中する」
 
勉強しているとき、遊んでいるとき、寝ているとき、何をしている時でもその瞬間に集中せなあかん
他のことを考えたり、楽な道を進もうとしているうちはまだまだ未熟。
そうじゃないと自分の魂が輝くような生き方はできへんよ、と。
 
僕は受験が終わった今でも、この言葉を胸に刻みながら毎日を生きています。
それは多分、受験勉強だけではなく、全てに共通する根本の思想だと思うからです。
 
それでも、まだまだ自分が「魂が輝く生き方」が出来ているとは思えません。
1週間以上同じ状況で停滞して「まじで自分は何やってんだろ。。」と家でひっそり膝を抱えていることもままありますw
 
しかも表立って「魂が輝く生き方しようぜ!!今この瞬間に集中する!!」みたいに意識高いことを言うタイプでもないので(どう考えても胡散臭すぎるw)、今まではひっそりと自分の中に色々な思いを留めてきました。
 
それでも僕にとって、
色々なことを考え続けて、新しい考えを発見して、自分が成長したという実感を得たときの感覚は、何物にも代えがたい経験です。
 
そして自分の考え方やこれまで経験したことを伝えることが、どこかの誰かにとっての助けとなるのであれば、それ以上に嬉しいことはありません。
 
新年度に際して、これがそういったことの一つのツールになればいいなあ、と考えてブログを作ってみることにしました。
 
とまあ、めっちゃ堅苦しい文になりましたがw
 
初っ端で軽く流してるけどなんでお前4浪なん?
 
とか
 
どういう人生送ってきたらそんなことなってしまうん?
 
ってとこも含めて、これから自分の考えを少しずつ書いていこうかなーと思ってます。